科学的根拠(エビデンス)に基づく医療とは?真の“エビデンス・ベースド・メディシン”の考え方
- 瀬田クリニック東京 院長
順天堂大学大学院医学研究科
次世代細胞・免疫治療学講座 客員教授
後藤 重則
近年の医療では「科学的根拠(エビデンス)に基づく医療」=EBM(evidence-based medicine)の考えが広まり、がん治療でも、どのようなエビデンスに基づくものか?が問われるようになっています。公的保険が適用されている医薬品の多くは、ランダム化比較試験を経て、有効性のエビデンスが認められているものです。ただし、そのようなエビデンスのある治療が、果たして全ての患者さんにおいて最も有効な治療なのか?という点は、きちんと考えていく必要があります。今回はそのあたりを解説していきたいと思います。
「ランダム化比較試験」にも、限界がある。
エビデンス、という言葉にはあまり馴染みがない方もいらっしゃると思います。一般的には「証拠」や「証明」という意味を持っています。医療の世界では、通常は有効性に関しての根拠、証拠において使われる場合が多いです。
例えば開発中の薬を医薬品として承認を得るには、信頼できる試験を行い、その結果をもとに効果を立証する必要があります。そうしたエビデンスを得る方法の一つとして、がん治療においても、抗がん剤などでは通常の医薬品開発と同様にランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial=以下、RCT)による評価が行われています。
しかしながら、近年、ランダム化比較試験の限界が指摘されているのも事実です。
まず、そもそもランダム化比較試験というのはどのようなものなのでしょうか?
- ランダム化比較試験とは?
- Randomized Controlled Trial=RCTとも呼ばれ、研究の対象者をランダム(無作為)に2つのグループに分け、片方のグループには評価しようとする治療法を行い、もう片方には行わないという手法のことです。この試験では客観性や信頼性を高めるため、患者さんにも試験に携わる医師にもどちらのグループに属しているのかを知らせない、いわば二重に目隠しをした状態の「二重盲検法(二重目隠し法)」がよく用いられます。
信頼できる試験を行うといっても、現実には試験の種類によって得られるエビデンスのレベルは違ってきます。そうした中でも「RCTによるエビデンス」が上位とされ、さらに複数のRCTに基づく研究データを検証し、エビデンスを導き出す手法は「システマティック・レビュー」と呼ばれ、最上位の信頼性を持つと考えられています。
Ⅰ | システマティック・レビュー/randomized controlled trial(RCT)のメタアナリシスによるエビデンス =研究の対象者をランダムに2つのグループに分け、一方には評価しようとしている治療を行い、もう片方には行わないことで双方を比較する“ランダム化比較試験”を元に、複数の研究データを検証して結論を導き出したエビデンス |
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Ⅱ | 1つ以上のランダム化比較試験によるエビデンス |
Ⅲ | 非ランダム化比較試験によるによるエビデンス |
Ⅳa | 分析疫学的研究(コホート研究)によるエビデンス |
Ⅳb | 分析疫学的研究(症例対照研究、横断研究)によるエビデンス |
Ⅴ | 記述研究(症例報告やケースシリーズ)によるエビデンス |
Ⅵ | 患者データに基づかない、専門委員会や専門家個人の意見によるエビデンス |
出典:国立がんセンター情報サービスの記載を一部改編(http://ganjoho.jp/med_pro/med_info/guideline/guideline.html)
とはいえ、RCTにも、いろいろな課題があります。
RCTによる試験は周到な準備が必要な上に、がん治療法の効果を評価する場合は生存期間、生存率を評価する指標とする場合が多く、一般的に5年以上の調査が必要とされるため、それ以上の期間をかけて治療効果を研究する必要があり、必然的にデータの蓄積と分析に非常に長い年月を要することになり、多大な資金や人材が必要になってきます。
また、全国がんセンター協議会が発表している、全がん協加盟施設の生存率データによると、乳がんや肝がんなど一部のがんでは5年を過ぎて10年後も再発の可能性が高いことが示されました。今後はより長期間の調査・研究が求められるかもしれません。そうなるとRCTを行う負担はさらに増すことが考えられます。
がんの患者さんへの免疫細胞治療においてRCTを行う難しさ
さらに、当院で行う免疫細胞治療には、RCTによる試験を適用するには難しい点を多く含んでいます。一つは資金や人的資源の問題で、残念ながら民間の一医療機関の努力だけで莫大な資金と人的資源を必要とするRCTを行うことは困難です。しかも多くのRCTでは、試験の目的に賛同して貴重な情報をご提供いただく患者さんに、費用負担をお願いすることはありません。化学合成で大量生産が可能な薬剤では比較的、原価は安いですが、コストのかかる細胞培養を用いた免疫細胞治療を数百人、数千人の患者さんに無償で行うことは考えにくいのです。
また一方のグループをプラシーボ(偽薬)をする場合、半数の方は治療の効果が期待できないと考えられます。すでに進行がんになった患者さんにとっては、試験への参加が治療のチャンスを奪うことにもなりかねません。
また、患者さん自身の細胞を用いる免疫細胞治療という治療法の性質上、RCTに適さない面があります。例えば医薬品におけるRCTであれば、対象となる試験参加者に品質が均質な薬剤を渡して使用してもらうことが可能でしょう。しかし免疫細胞治療は患者さん一人ひとりの細胞を採取し、免疫細胞を加工して体内に戻す方法のため、個々の患者さんで使用する細胞は均質ではありません。このため期待できる治療効果も個々で異なってくるため、通常のRCTのように厳密な条件に沿って試験を行うことは困難となってきます。
ここまで説明してきたように、免疫細胞治療のエビデンスをRCTの手法で測るのは困難です。
よって、当院では、患者さんに通常通りに治療を行った上で、その結果から、どのような要因が治療結果に影響したのかを解析することでエビデンスの構築を図っています(※)
なお、現在がんの標準治療とされている手術でも、患者さんの体形や病巣の大きさや部位、あるいは術者の技術など均一ではないことから、多くはRCTによるエビデンスでない形で評価され、承認されています。
患者さんにとって本当に必要なのは、「真のエビデンス・ベースド・メディシン」
RCTをはじめ各種の試験や方法で得られたエビデンスは治療選択に役立つ大切な情報ですが、それらは判断する要素の一つに過ぎないと明言されているのが大野智先生(大阪大学大学院准教授)です。大野先生は朝日新聞の医療情報サイト「アピタル」で医療・健康情報の見極め方などをテーマに連載されていますが、その中で以下の様に述べられています。
この連載で繰り返し取り上げている「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」は、「科学的根拠」「臨床現場の状況・環境」「医療者の技術・経験を含む専門性」「患者の意向・行動(価値観)」の4要素を考慮し、より良い患者ケアに向けた意思決定を行うための行動指針と定義されています。
「科学的根拠」は重要な要素ではあるものの、治療方針を意思決定する場面で、従わなければならない絶対的な存在というわけではありません。EBMにおいては、科学的根拠以外の要素も考慮するため、ときに科学的根拠が示す結果とは異なる判断をすることがありえます。
(2018年2月1日 朝日新聞デジタルより https://www.asahi.com/articles/SDI201801302065.html)
つまり「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」においてエビデンス(科学的根拠)は重要だが、それ以外にも考慮すべき要素があるということです。中でも患者さんの価値観は非常に重要と続けて書かれています。
特に患者の価値観は、意思決定において非常に重要な役割を担っています。ただ、誤解しないでいただきたいのですが、何が何でも患者の希望通りに治療することがEBMと言いたいわけではありません。意思決定においては、患者に正確な情報が提示され、患者自身が、その情報を十分に理解していることが大前提です。
患者に適切な情報提供がなされなかったり、患者が情報を誤解して受け取ったりしたまま意思決定するのは、いくら患者の価値観を尊重したとしてもEBMとは呼べません。
(2018年2月1日 朝日新聞デジタルより https://www.asahi.com/articles/SDI201801302065.html)
これは例えばAとBの治療法があり、BはAに比べてエビデンスの信頼性がやや低いが、治療中や治療後のQOL(生活の質)などを検討し、医師と相談した上で患者さんはBの治療法を選んだ、といった選択も科学的根拠に基づいた医療(EBM)において行われるべきです。医療者が「この治療法はRCTで評価された」と科学的根拠のみを基に治療選択を迫るのではなく、十分な情報提供と理解の上で、患者さんが納得のいく医療を提供することが、真の意味でのEBMといえるのです。