免疫チェックポイント阻害剤は他の治療法との併用が重要になる免疫細胞治療に期待しています
- 慶應義塾大学医学部 臨床研究推進センターTR部門 教授
瀬田クリニック東京 非常勤医師
副島 研造
免疫チェックポイント阻害剤の登場によって、免疫療法は多くの患者さんたちから注目を浴びるようになりました。しかし、すべての患者さんに自信を持って提供できる第一選択の治療とするには、まだいくつも解決しなければならない課題があります。そういった課題は何か、また、どのように解決していったらよいのか、そして免疫チェックポイント阻害剤の今後の展望について、副島研造先生にお話を伺いました。
免疫チェックポイント阻害剤とは
人間の体にはがん細胞を攻撃する免疫機能が備わっていますが、がん細胞は、免疫からの攻撃をブロックして自分自身を守ることがあります。このブロックを解除して、免疫細胞がより働きやすくする薬剤が免疫チェックポイント阻害剤です。
詳しくはこちらをご覧ください。(免疫チェックポイント阻害剤の登場で再び脚光を浴びる免疫療法とは)
─ 先生は、肺がんの免疫細胞治療の研究について、2011年のAACR(米国がん学会)で発表なさいましたね。
はい、発表させていただきました。抗がん剤だけの治療をした患者さんに対して、抗がん剤+免疫細胞治療を受けられた患者さんの生存率に差があるかどうか調べたところ、抗がん剤の場合は15・7カ月くらいでした。それに対して免疫細胞治療を実施した方は20カ月をちょっと超えるくらいでしたので、有意差が見られたという報告をさせてもらいました。
それは2011年のことだったんですが、当時は免疫チェックポイント阻害剤であるオプジーボが発表される前でした。免疫療法関係のブースには人が全然いなくて、本当に悲しい寂しい中で発表していたのですが、それが2012年になってブレークして、それからは去年も今年も免疫のブースは入れないような状態でした。ですから2012年に発表できたら、もっと良かったですね。
─ 免疫チェックポイント阻害剤に関しては、副作用の他に、効果予測できるバイオマーカーがないこと、単体で効果が少ないこと、高額なことなどが課題として示されています。免疫チェックポイント阻害剤のバイオマーカー候補として、瀬田クリニックグループで行っている免疫機能検査(注1)の可能性を、いかがお考えですか?
フローサイトメトリーで免疫細胞の状態を判定していくという検査ですよね。あの検査で見られるのはαβT細胞の数や比率、あとは制御性T細胞の比率ですが、確かに、制御性T細胞の数の多い少ないということと、オプジーボの効果との関係を見ている報告はないので、その辺を見るのは面白いかなと思います。あとは、αβT細胞の数が少なければ元々の攻撃部隊が少ないわけですから、そういう意味では、何らかのマーカーにはなり得るのかなと思います。
─ それを、ご研究の中で調べるようなことはお考えですか?
面白いと思いますね。高いお薬なので、まず効かない人に投与しないということは、大事なことです。今後色々な形で、実際に効果を発現する人を選別していくためのマーカーを発見し、見ていかないといけないと思います。
─ 先生ご自身は、効く人と効かない人では、何が違うとお考えですか?
臨床研究のデータですと、大体20%前後の奏効率と言われていると思います。ただ我々が承認後20人近くに使ってみたところ、奏効率が20%ない印象なんですね。まだ数が少ないのでハッキリしたことは言えないのですが、10%から15%ぐらいなのかなという印象を持っています。なぜ効かないのかと考えた時、一つの要素として、治験の時はセカンドラインの患者さん、要するに抗がん剤があんまり入ってない状態の患者さんだったということと、PSが0・1の全身状態の良い患者さんだけだったことが関係しているかな、と思います。実臨床で使われている状況というのは、少なくとも今の時点で多いのは、既に2次、3次、4次のヘビーラインまで治療された方が多いので、そういう方はやっぱり効きにくいと思っています。
─ 単剤での効果が低いため、世界中で様々な併用治療がものすごい勢いで試されています。このまま放っておくと、日本に良いシーズがあったとしても、先に持ってかれてしまうような印象があります。
欧米は、基礎研究もそうですけど、臨床研究もブルドーザー式に進めています。日本は、基礎研究のレベルでも臨床研究のレベルでも水を開けられているというのが現状なんです。そこを何とかしないといけないのが私の仕事です。AACRに行くと、本当に年々差が開いていくのが実感されてしまうので、非常に危惧しています。
─ そんな中で慶應義塾大学のTR部門として検討している併用はどのようなものですか。
やはり患者さんのニーズという点で言うと、免疫細胞治療との併用に取り組みたいとは思っています。やはり昨今、臨床試験についてはかなりレギュレーションが厳しくなってきていますし、併用に関しては安全性の担保が極めて重要なので、実際にどういうプロトコールが本当に最適なのか検討を進めてい るというところですね。
─ それを実現していく上で、瀬田クリニックグループとは、どのような関係が考えられるでしょうか?
瀬田クリニックグループなど外部の細胞培養施設で培養した細胞を慶應病院で使って研究を行っていくのが現実的で、それなら何とかレギュレーションの壁をクリアできる可能性はあるかと思っています。あとは、先進医療のような形で、患者さんにある程度の負担をしていただきながらということも当然考えていかなければなりません。
─ 組み合わせると良さそうな抗がん剤、分子標的薬はありますか?
これが絶対にいいというのは今のところないです。以前はジェムザールが免疫療法と相性が良いという話もあったので、そういうものが組み合わせとしてはいいのかもしれませんが、ただあくまでも可能性の段階です。そういう意味では、同系統のお薬であるアリムタもいいかもしれないですね。
─ 白金併用療法と併用する治験も実施されているようです。
白金併用というのは、標準の一次治療ということですよね。でも、それが多分一番いいんじゃないでしょうか。
─ 免疫抑制を起こしつつ、免疫に働いてもらうというのは一見矛盾しているような気がしますが・・・。
がん細胞が壊れる時に血中にがん抗原が放出されますので、それが樹状細胞に認識されて実際にCTL(がんを直接攻撃するキラーT細胞という免疫細胞)を誘導するという働きがあります。少なくともイピリムマブの試験の時には、イピリムマブの前にしっかり抗がん剤を投与した群とイピリムマブと抗がん剤を同時に投与した群では、最初に抗がん剤を投与しておいたものの方で効果が、つまり有意差を持ったPFS(無増悪生存期間:がんが進行することなく生存している期間)の延長が見られているので、そういう意味では、がん細胞をしっかり叩きながらというのは、それほどマイナスになってないのではないかなという気はします。
─ がん細胞を壊すという部分では、重粒子線治療はいかがですか?
重粒子線でもいいですし、通常の放射線でもいいと思います。ただ、どうしてもPD-1抗体にしてもPD-L1抗体にしても、肺の場合だと間質性肺炎のリスクがあるので、そういう意味では、より間質性肺炎のリスクの少ない重粒子線の方が、通常の放射線よりもいいのかもしれないですね。
─ 先ほど免疫細胞治療との併用を実現していきたいと仰ってましたが、免疫療法にも色々あります。それぞれをどういう時に、どういう風に使い分けすればいいとお考えですか?
ワクチンを使う免疫療法に関して言うと、つい最近ですけど、MAGE-A3を使った術後再発予防に対してのフェイズ3の数千人規模のマグリット試験が行われました。MAGE-A3はかなり期待されてたワクチンだったのですが、残念ながらネガティブな結果で、効かなかった。ということは、いわゆるキラーT細胞が認識しているような抗原(がんの目印)に、そういうワクチンに使われているような人工ワクチンというのは、もしかするとあまり効果がないのかなと思います。なので、オプジーボと併用した時にどうかというのも少し期待は低いのかな、という印象です。そういう意味では、むしろ免疫細胞治療との併用の方が期待できると思います。
─ 次は値段が高いという問題ですが、社会的な負担軽減のためのアイデアなどがございましたらお教えください。
社会的な費用負担を減らすためには、一番最初にお話をしたように、要するに効かないと分かってる人をなるべく減らすために、有用なバイオマーカーの組み合わせや手順をしっかりと作っていく。それに尽きますね。
─ 効かない人を見分けることに加え、効いた後で止める、ということも効果的でしょうか?
そうですね。この薬の治験自体が、効いているならずっと続けるというスタイルでしかやられてないので、実際に効いている患者さんに対してどこでやめるかというのを、ある程度決められるような試験をしっかり組むことが重要ですね。今後、日本でもそういう試験を組むという話はあるので、そういう結果が出てくれば、使用期間をある程度短くすることはできると思います。それは非常に重要だと思います。
─ 免疫細胞治療は、がん治療の中で、何を目的にどのように進んで行くべきとお考えですか?
元々免疫療法というのは、がんがあっても抑えてくれればいいという考え方だったと思うんですけれども、色々な分子標的薬とか、今回の免疫チェックポイント阻害剤とかというのが出て来て一部の患者さんでは非常によく効いていることを考えると、やっぱりめざすべきはキュア(治癒)なんだということはハッキリしたと思います。長きにわたって、体を守り続けてくれる免疫細胞治療というのは一つの大きな力になる可能性がある。これからのがん治療のめざす所というのはQOLの改善やOSの延長だけではなくて、キュアになってくると思います。
─ キュアということを考えると、チェックポイント阻害剤をメインにしつつ、免疫細胞治療も力を発揮できるだろう、ということでしょうか?
そう思います。アメリカで発表された「ムーンショット」(注2)でも、NK細胞療法が、かなり重要な位置を占めてくるようです。アメリカでも期待されているみたいですね。
─ 本日は貴重なお話をありがとうございました。
- (注1)免疫機能検査
- FCM(フローサイトメトリー)法を用いて末梢血中の免疫細胞数を調べ、その割合から免疫全体のバランスや働きを類推する検査。メディネットと瀬田クリニックグループが共同で開発した。健常者とがんの患者では傾向が明らかに異なることが分かっており、それは2013年のInternational Immunopharmacology誌に論文掲載されている。
- (注2)ムーンショット
- がん撲滅のための取組みとしてバイデン米国副大統領が主導する「米国がん撲滅ムーンショット」計画。2016年1月に、オバマ米国大統領が最後の一般教書演説で始動を発表した。手始めとして2017年度予算に7億ドル(約750億円)近くの関係費用が計上されることになっている。